
高橋克彦著「炎立つ」は、平安時代の前九年の役、後三年の役を経て、平泉における奥州藤原氏の栄華から、源頼朝によって平泉が滅ぼされるまでを描く長編歴史小説である◆講談社文庫で全5巻にまとめられている。第1巻の「北の埋み火」から第3巻の「空への炎」までで前九年の役、第4巻「冥き稲妻」は後三年の役、最終巻「光彩楽土」は奥州藤原氏の栄華と滅亡までを描く。興味深いのは最終巻の主人公が藤原泰衡である点だ◆藤原4代目当主の泰衡といえば、平泉滅亡の原因を作った張本人であり、父・秀衡の遺言を破って源義経を討ったとされる。義経を主人公とする小説やドラマでは敵役、器の小さい小物として描かれることが多い。だが高橋氏はこの泰衡こそ、前九年の役の発端となった安倍頼良、貞任親子、これに加担した藤原経清が抱いた蝦夷の理想を完成させた人物として高く評価している◆平泉で藤原氏が100年以上に渡って築いた軍事力と、義経の天才的な軍才があれば、頼朝と長く渡り合うことも、あわよくば勝つことさえできたかもしれない。それをしなかった泰衡の真意は、自らの首を差し出すことで蝦夷の民を生かすことにあった。「一つの花を皆で守るのが蝦夷なら、皆のために一つの花が身を捧げるのも蝦夷」と泰衡は言う。史実かどうかは定かでないが、同じく「地方の民」である筆者は、案外こちらの方が真実ではないかと、淡い幻想を抱きたくなる作品だった。
